毛糸玉の少女 「on the street of Kathmandu」
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カトマンズの路地裏を歩いていると、いつも、同じ路地、同じ四つ角、同じ時間にいる子供たちに出会います。
生活の不規則な、日本時間で暮らしていると、忘れてしまいそうですが…
カトマンズ路地裏の時間…
というのが、僕の肌にあっています。
規則正しい時間=勤勉 と、言う訳ではありませんが、生きていく、大切なリズムを感じます。
毛糸玉の少女も、いつも、同じ場所で、同じ時間に出会いました。
たいがい、気になる人たちがいると、声をかけてしまうのですが、この少女だけは、挨拶以外は声をかけなかった一人です。
どうしてかと言うと、毛糸玉が小さくなるまで、夢中になって、編み物をしていたからです。
何を編んでいるんだろう?
誰に編んでいるの?
たのしい?
…
いろんなことを聞きたかったのですが、あまりの集中力を、邪魔したら悪いようで…
大きな毛糸玉が、小さくなるまで、僕も、黙って、じーっと見ていました。
この写真の瞬間だけでなく、何ヶ月もです。
ある年、いつものように、夕方のカトマンズを歩いていて、ふと、毛糸玉の少女のところへ、久しぶりによってみようと思いました。
コンクリートに、背をもたれて、いつも、毛糸玉を小さくしていた少女。
もう、そこにはいませんでした。
次の日も、様子を見に行ったのですが、やはりいません。
規則正しく、時を刻むように、毛糸玉を小さくしていった少女。
その規則正しい時間の中から、彼女はいなくなってしまいました。
後日、家主に、事情を聞いて、答えがわかりました。
「あの子のことかい? あの子はね、年季奉公が明けて、田舎に帰っていったよ…」
そうだったのか…
話しかけなかったことを、ちょっぴり後悔。
今日も、毛糸玉の少女がいなくなったカトマンズも、同じ時間に、少女が座っていた、コンクリートの前の通りを、いつもと同じ、野菜売りのおじさんが、通りすぎて行きました。
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