アンデス 6000mから

2002年10月、エクアドルの首都、キトを歩いていました。
トレッキングやラフティング、ジャングルの案内がたくさんある路地で、つい、見つけてしまいました。
アンデス山脈の写真が、たくさんありました。
とても、美しい山々が多いのです。ヒマラヤより、2まわりくらい、小さいのですが、なんといっても、ベースキャンプまでのアプローチが近いのです。
ちょうど、雨期でしたが、異常気象が続き、エクアドルも、まだ、好天が続いていました。
登山をやめてから、もう、何年も経っていました。
でも、なんだか、無性に、アンデスの山を登りたくなりました。
ほんとうは、思いつきで登ることは、あまり、いいとは思わなかったのですが、今までの経験と、現時点での、僕の体力を、考え、大丈夫!と、決めました。
その昔、チベットを旅しているときに、エベレストを見上げて、やってしまったのと、同じ気分でした。
違うのは、あの頃は、まだ、登山を続けていたことです。
そう思うと、氷雪で使う用具や、靴、ロープ…中古品の、ひどい装備を、借り集めました。
さすがに、もう、ソロで登るには、準備が足りないので、地元のガイドを捜しました。
ラファイロという、とても、屈強な男を見つけました。
英語も堪能で、マッキンリーにも登ったことがあり、ヒマラヤの8000m峰も経験がありました。
相棒に、頼り切ることにしました。
「それでは、せっかくだから、ノーマル・ルートの右手に、新ルートを開いて登ろう…」
ということになってしまいました。
エクアドルのキトは、標高が3000m近くあります。
僕は、1ヶ月ほど、キトにいたので、心肺機能が、多少、高所に、順応しているはずです。
ラファイロのジープに乗って、標高3800mの森林帯のベースキャンプで、一晩を過ごしました。
僕たちが登ろうとしているのは、実は2つあって、一つは、コトパクシという、世界でもっとも標高の高い火山です。
この山を登った勢いで、もっと標高の高い、チンボラソという山を登ろう…という予定でした。
まずは、コトパクシ
深夜の11時半に起き出しました。
ここで、たっぷりと、野菜スープや、パンを、おなかにためます。
ほんとうにたっぷりと食べました。
それは、これから、荷物を軽くするため、非常用の、あめ玉とチョコレートの他は、ペットボトルに入った水だけを持って、スタートするからです。
超軽量装備にして、一気に頂上に立ち、戻って来る予定です。
午前1時、ヘッドランプを灯し、スタートしました。
氷河末端のゴロゴロしたところを、まずはゆっくりと…
氷河に入ると、傾斜は、一気に、きつくなり、歩いては登れません。いわゆる、氷壁です。
ラファイロとロープを結ぶと、ものすごいスピードで登り始めました。
技術的には、易しいのですが、迷路のように立ちはだかる、氷塔を迂回しなければなりません。
最近、こんな登山をしていないので、疲れて、休もうよーーー! と、言っても、ラファイロは
「ノー! 急いで登ろう!」
というばかりです。
午前6時、頂上直下30mくらいのところまで来ました。
このとき、ちょっとしたアクシデントがありました。
僕の、左側のアイゼンが、音を立てて、氷壁の奈落へ、落ちていってしまいました。
レンタルのひどいもので、止めていたひもが、劣化して、切れてしまいました。
あと、10分くらいで、頂上でした。
写真は、そこで始めて、写真を撮った唯一のものです。
(急いで登っていたので、撮る余裕がありませんでした)
このままアイゼンなしで、最後の、頂上への、急峻な氷壁を登るのは、少々、ヤバいと判断して、たった30m残して、降りることにしました。
そこから、降りること、午前8時すぎ、ベースキャンプに戻ってきました。
振り返ると、コトパクシは、すっかり、雪雲の中に消えていました。
エクアドルのキトに戻り、体重を量ると、たった1日の登山で、体重が7キロも減っていました。
だって、登山中、口にしたのは、シャシシャリに凍った、ペットボトルの氷水を、たった1度、口にしただけですもの…
そのあと、疲労で、1週間、キトで、寝込みました。
登山には、敗退や撤退が、常に、つきまとっています。
僕の、探検や登山の経験は、そんなことの連続でした。
でも、このときの敗退しても、とても、Happyな気分でした。
僕たちが登山している様子は、ラファイロの友人が、小型の飛行機から、撮影していてくれて、後日見せてもらいました。
自分たちが、大きな山の中で、豆粒のように見えるくらい、こんなところにいたんだ…そう思えると、嬉しくなりました。
昨日、太平洋熱気球横断中の後輩で、石川直樹君のゴンドラが、太平洋に、着水してしまいました。
無事で何よりです。
彼も、若く、敗退の経験が少なかったのですが、ある意味で、これでいい…と、僕は、思っています。
探検や登山は、結果も大切ですが、それ以上に、そのプロセスに、意義があると思っています。
プロセスを維持するには、大変な情熱のエネルギーが必要だと思います。
でも、その中で、得難い、経験があるでしょう。
僕も、20代の頃のような、ものすごくハードなことはできませんが、楽しみながら、アイディアを駆使して、やっていこうか…と、思っています。







