雪豹を求めて ネパールの再奥ドルポの旅 「ヒマラヤを越えて」

ネパール西北部、チューレン・ヒマールの夜明け。この山の付近が、ネパールで一番美しく、好きな場所です
カトマンズの古いバザールでぼくは一枚の写真に目が釘付けになった。
何十人ものポーターにかつがれた車。ほころんだ、白黒の古い写真だった。
それは、ヒマラヤの前衛峰を越え、インドから運びこまれた、ネパール最初の車だった。一体誰のための車だったのだろう? 人間の欲望とヒマラヤの文化を的確に象徴した写真だった。一九五〇年代の初頭、長かった鎖国がようやく解け、様々な文化や情報が交易路をたどって入りはじめた。しかし、首都カトマンズは未だ陸の孤島だった。インドから続く自動車道路は、一本とてなかった。
東の中国から西のアフガニスタンにまたがる大ヒマラヤ山脈では、遥か何千年の彼方より人々は何日も何週間もかけて山々を歩いて来た。ヒマラヤ越えの交易が盛んだった頃、ヒマラヤの北側チベットから岩塩を運び、南のインドやカトマンズからは、米や生活用品をチベットへ運んでいた。時代と共に塩の交易は減ったが、現在も人が足でたどる道が、延べ数万キロにわたり網の目のように張り巡らされている。
いつも僕を魅了してやまないのは、ヒマラヤの自然とそこに暮らす人々だった。
彼らのたくましさと純朴な心を訪ねて、何百日を過ごし、何千キロを歩いたろうか。いつしか僕のヒマラヤを巡る旅は、遥かに30回を越えていた。その一つ一つが古来からの交易路をたどったものだった。
一枚の写真をヒントに、ネパールヒマラヤでも最も長い交易路の一つ「雪豹」の道を、どうしてもたどってみたかった。
そう、雪豹に会いたかったのだ。
僕がトライしたのは、カトマンズを起点にトリスリ〜ゴルカ〜ポカラ〜ベニ〜シバン〜ドルパタン〜ジャングラ峠〜タラコット〜ドルポ…そして雪に閉じ込められるまで、出来るだけチベット国境に近づくつもりだった。片道約5週間、撮影機材やテント、食料の総重量は300キロを越えて、相変わらずぼくのヒマラヤの旅は大荷物になってしまった。
ポカラからミヤグディコーラ沿いに北へ交易路はさしかかった。雨季になるとこのあたりは大規模な地滑りが起こり易くなる。ダルバン村の近くでは何年か前のこと、轟音と共に忽然と村が姿を消したことがあったと言う。右側にはダウラギリの三角錐の峰が空を突き上げていた。
ネパールで一番好きな山だ。完全な独立峰で、どこから見ても本当に大きい。カトマンズを出て四週間経った頃だった。季節は晩秋から初冬へと移りつつあった。冬の到来の直前、森林限界で、野生のレッサーパンダが姿を現した。
遥か彼方の地平線に、空と大地が接するジャングラ峠の頂上から、馬の大きなキャラバンがやってきた。小さな点のように見えたその姿は、みるみる大きくなり、数百頭のキャラバンに膨れあがった。今のヒマラヤではこういった大規模なキャラバンはとても珍しくなっている。荒涼とした大地から、力強いひずめが巻き上げる土煙、カウベルの音…圧倒される勇壮な姿を見つめていた。一体何百年、何千年この光景が続いているのだろうか? 峠には太古からずっとそうだったように、冷たい冬の風だけが吹き付けていた。
俗に”雪豹の道”と呼ばれるポカラからチベットに至るこのルートは、ネパールヒマラヤの中でも、とび抜けて辺鄙なところを通っている。8000m級のダウラギリ山塊の西側からドルポ地区を抜け、チベット国境まで極めて標高の高い峠を幾つも越えなければならないハードなルートだ。片道で数週間はかかってしまう。一部、ネパールには珍しく純粋な森林地帯が残されている。石南花の深い森にはオオヤマネコ、森林限界にはレッサーパンダ、標高4000m以上のアルパインツンドラにはブルーシープ、狼、そして世界でもっとも珍しい雪豹が棲息している。
この数十年の”雪豹の道”の運命は波乱万丈に満ちあふれていた。一九五九年共産中国がチベットに侵攻を開始したとき、チベットの都市部に住む多くの人達は、ダライ・ラマと共にシッキムを経由してインドに亡命した。一方西チベットに住む遊牧民と僧達は”雪豹の道”をたどりインドまで逃げ延びた。1960年代になると侵略したチベットを取り戻そうと、地下活動が活発になり始めた。ダライ・ラマの密使達はチベットへ潜入し、カムバ族は銃をとった。武器を支援するCIAのエージェント達が行き交い、さながら現代のスパイ戦が雪豹の大地でひっそりと行われていたのだ。
ぼくはジャングラ峠をとうとう越えることが出来た。峠の北側はネパールの秘境ドルポ地区だった。ここからチベットの世界が始まっていた。今まで見えていたシェーゴンパ(ドルポ地区のラマ寺)の方角にあるカンジェロワ山が見る見る分厚いレンズ雲に被われていった。とたんに暴風雪が猛り狂い始めた。ものすごい降雪量だった。視界にはいるすべてが雪で、で交易路のトレールを見失ってしまった。ヒマラヤに何度か登ったことはあったけれど、こんな降雪はなかった。どうやらチベットの冬に捕まってしまったようだ。僕が越えてきたルートはすっかり深い雪に埋もれてしまい、春までここを通る人はほとんどいないだろう。もう引き返すことは出来なかった。
不思議な旅だったと思う。ふと雪豹のことが頭をよぎった。どうしても会いたい動物だった。体長1mあまり、美しい白い体にはっきりとした黒い斑点。尾はものすごく長いのだ。多分世界でもっとも出会うことの難しい動物だろう。まだ一度も出会えないでいた。だがいいのだ。この吹雪の空の下で同じ空間を共有できるだけで、雪豹の存在感は圧倒的にぼくを刺激して止まなかった。

追伸 その前後を含めて、ドルポ地方には10回ほど足を踏み入れた。何回かは、ネパールとチベットの国境を、越境しながらの旅だった。外国人立ち入り禁止の地域が多く、チベット人に変装しての旅だった。
雪豹のことだが、ドルポでは、ついに、一度も見ることはなかった。
しかし後年、インド北西部、ザンスカールで、3度も出会った。鹿を襲っているところや、1度は3mの近さで目撃した。(NHKスペシャル「氷の回廊」でそのシーンが挿入されています。ビデオをどうしても見たい方は連絡ください)







